「安 直樹」バスケットからフェンシングへ!驚きの転向の陰には何があった⁈

一つの競技に人生をかけて、まっしぐらに取り組むアスリート。

 

「安 直樹さん」は、これまで自分の持つすべてをかけて車いすバスケットに打ち込んできました。

 

高校生時代から活躍し、2004年には夏季オリンピック・アテネ大会にも出場。

車いすバスケットの認知度をあげようと、「イスバス」と呼んで一般に広める活動をしています。

 

そんな「安 直樹さん」、2014年に車いすバスケ競技からの引退を電撃発表。

そして車いすフェンシングの選手として、東京パラリンピック2020をめざすことを宣言したのです。

 

「安 直樹さん」の心のなかで、いったい何があったのでしょうか。

 

今回は、車いすフェンシング選手「安 直樹さん」についてホリサゲます!

「安 直樹」というアスリート

 

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「安 直樹」プロフィール

名前:安 直樹(やす なおき)

生年月日:1977年10月6日生まれ

出身地:茨城県

「安 直樹」経歴

茨城県ひたちなか市出身で、活発な少年時代を過ごす。

14歳のとき、左足股関節骨の病気を発症。

その時に受けた手術ミスにより、股関節が曲がらない後遺症を負う。

母親の勧めで始めた車いすバスケットボールで、ジュニア時代から活躍。

2004年、アテネパラリンピックに出場。

2007年からは3シーズン、イタリアリーグでプレーした。

2010年に帰国し、NO EXCUSEに所属。

2012、2013年にはエースとしてチームを日本選手権決勝に導いた。

2014年、車いすバスケからフェンシングへの転向を決意する。

2015年7月には初の国際大会として、ワールドカップ(ポーランド)に出場。

9月の世界選手権では初勝利を挙げた。

引用元:SPORTRAIT LIMITRESSABILITY 安 直樹

「安 直樹」が車いすバスケからの転向を決意したワケ

 

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「安 直樹さん」は37歳まで、車いすバスケット選手としてコートを駆けまわりました。

 

パラリンピックへの出場

イタリアのプロリーグでの活動。

 

およそ人生のすべてをかけて、車いすバスケに打ち込んできたのです。

 

ところが目標としてきたロンドンパラリンピックへの代表選考から、「安 直樹さん」は漏れてしまいます。

 

自分ではまだまだやれる、体力も持つ。

 

そう考えていた「安 直樹さん」でしたが、この選考漏れから改めて自分の進むべき道を考え始めます。

 

日本代表として結果を出さねばならない。

しかし年齢とともに、それがどんどん難しい立場となっていく…。

 

そんなことを悩むうち、すべてをかけてきたはずの車いすバスケにも迷いが出てきたのでした。

 

そんな揺れ動く「安 直樹さん」のもとに、東京パラリンピック2020の開催が知らされます。

 

先を照らす光を見失っていた、車いすバスケ選手としての「安 直樹さん」

 

それだったら、違う競技で上をめざせばいいのではないか。

 

そんな「安 直樹さん」は、車いすバスケと同様に、それ以上にエネルギーを注ぎ込める競技と出会いました。

それが、「車いすフェンシング」だったのです。

「安 直樹」が車いすフェンシングを選んだワケ

 

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「安 直樹さん」が違う競技で再び自分を高めようと決めたとき、さまざまなスポーツに触れてみました

 

今も、多くの障がい者アスリートが競技に打ち込んでいます。

 

「安 直樹さん」も、テニス・バドミントン・アーチェリー・ボート…

いろいろな競技を試してみました。

そんななかで、「ここでならまだ自分は上をめざせる」と感じたのが車いすフェンシングだったと言います。

 

バスケを始めたばかりのころのような、燃えあがるハングリー精神。

相手とほんの1mほどしか離れていない距離で、一瞬のスキをついて攻撃する厳しい環境。

逃げることが許されない場所での、勝負の駆け引き。

 

それが、車いすフェンシングに求められるものです。

 

「安 直樹さん」は、車いすフェンシングの世界観に魅了されてしまったのでした。

競技を試す中で、「ここでならまだ自分は上を目指せる」と感じられたスポーツがあった。バスケを始めた頃のハングリー精神を再び思い出せた。それがフェンシングだった。

引用元:事業構想 パイオニアの突破力

「安 直樹」のメダルが期待できるワケ

基礎体力は車いすバスケ時代に、充分つけてきました。

 

しかし、常に動き回るバスケと素早さが求められるフェンシングとでは、筋肉の使い方もまったく違います。

 

「安 直樹さん」はみずから俊敏性を求め、体重を10kg落としました。

「フェンシング向き」の体に作り替えることから始めたのです。

 

その間、フェンシングの基礎をみっちり身につけます。

 

1年が過ぎる頃には、日本のトップに立っていた「安 直樹」さんでした。

 

そんななか、練習相手がいない、練習場所の確保が難しい、など新たな課題も見えてきました。

しかし「安 直樹さん」は、そんな状況をチャンスととらえています。

 

自分を含めたアスリートにとって、良い風を送ることができる「変革のとき」なのだと。

 

競技に真摯に向き合い、自分だけでなく仲間たちをも着実に高みに引き上げようと考える。

そんな「安 直樹さん」ですから。

 

冷静に確実に、東京2020パラリンピックへ照準を合わせているに違いありません。

「安 直樹」についてまとめ

 

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車いすバスケットから、車いすフェンシングへ。

「安 直樹さん」の勝負のステージは変わりました。

 

しかし、少年時代から親しんできたバスケットの経験は、今も「安 直樹さん」のなかで生き続けています。

 

それは冷静にことに当たり、気持ちをコントロールすること。

そして今、何をすべきなのかを見極めること。

 

バスケットから得たものは、競技が変わっても勝敗を左右する大切なポイントです。

 

東京2020パラリンピックでのメダル獲得が目標である、とハッキリ口にする「安 直樹さん」

とてもたのもしい姿ですね。

 

「安 直樹さん」の努力が実を結ぶ瞬間を見られるのは、もうすぐです。

 

 





 

 

 

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