登山家「貫田 宗男」がすごい!テレビで命名されたあだ名は天国じじい…?

日本テレビ系の番組「世界の果てまでイッテQ!」で活躍中の「貫田 宗男さん」

番組内での爆笑エピソードから、“天国じじい”などというあだ名を命名されています(笑)。

 

そんな気さくな人柄の「貫田 宗男さん」ですが、実は世界的に名の知れたすごい登山家

 

番組では、いじられキャラとして定着している「貫田 宗男さん」について調べてみました。

 

今回は、登山家・山岳ガイド「貫田 宗男さん」についてホリサゲます!

「貫田 宗男」のこれまで

経歴:1951年、山口県生まれ。高校時代より登山を始め、中央大学入学と同時に「日本エキスパートクライマーズクラブ(JECC)」へ入ります。21歳でヨーロッパアルプスを経験。23歳で渡米後、1979年、ダウラギリV峰(7,618m/ネパール)登頂。

引用元:Wikipedia 貫田宗男

「貫田 宗男さん」は1991年、4回目の挑戦でチベット側からのエベレスト登頂に成功しました。

 

通常は何十人ものパーティー、荷物を運ぶ人を加えれば百数十人という大きな体制で登るのが普通だった当時。

「貫田 宗男さん」は、ごく少人数のパーティーで登頂に成功します。

 

“画期的”とまで言われた快挙でしたが、下山中に相棒だった二上 純一さんが滑落。

 

大切な仲間の命を、目の前で失ってしまったのです。

 

しかし1994年、悲しみを乗り越え二度目のエベレスト登頂

 

現在は、先鋭的な登山からは一歩身を引いています。

 

世界の困難な山々の登頂を目指す、登山隊・撮影隊のコーディネーターや

山旅のガイドなどを行い、彼らのサポート役として活躍しています。

 

「貫田 宗男」のすごいエピソード
  • 1984年、冒険家・登山家の植村 直己さんが行方不明になったとき、テレビ局の依頼で取材を請け負って現地入り。

 

  • 1996年、エベレストで大量遭難事故が発生。巻き込まれた登山隊のなかには、日本人女性登山家・難波 康子さんが含まれていた。生存者がふもとの村へ到着したとき、「貫田 宗男さん」康子さんの夫の難波 賢一さんと弟とともに、カトマンズ入りしていた。

 

  • 2007年、ドイツの国際公募隊に参加しガッシャーブルムⅡ峰に挑戦していた日本人登山家・竹内 洋岳さんが雪崩に巻き込まれ瀕死の重傷。このとき「貫田 宗男さん」竹内さんの日本までの搬送に尽力現地のレスキュー専門チームは3000万円の費用がかかると予測したが、わずかな資金で竹内さんを無事、日本に搬送することができた。

 

「貫田 宗男」のあだ名の由来は?

2013年「世界の果てまでイッテQ!」の番組撮影中のこと。

 

ものすごい寒さのなかテントから顔を出した「貫田 宗男さん」に、スタッフが寒くないかと話しかけました。

すると「貫田 宗男さん」は笑顔で答えたそうです。

 

「(テントのなかは)天国だよ!天国!」

 

ところがその横でイモトアヤコさんが、寒さにブルブル震えながら寝袋にくるまっていました。

気温はマイナス5℃だったといいますから、たとえテントのなかでも寒いのは当然ですよね。

 

スタッフとの会話を耳にしたイモトさんは、「横で…天国だと言ってる…じじいがいて…」とこぼしました。

 

このやり取りが、「天国じじい」あだ名となった由来です。

画面ではひょうひょうとした語り口で、氷点下の環境で「(テントの中は)天国だよ天国」と発言して「天国じじい」というあだ名もついています

 

「貫田 宗男」についてまとめ

バターコーヒー

イッテQ!の番組内で、「貫田 宗男さん」“バターコーヒー”を紹介してくれました。

 

バターを溶かして飲むコーヒーのことで、腹持ちがよくダイエット効果があると言われています。

アメリカでは、すでに定番化しているものなんだとか。

 

「貫田 宗男さん」は朝食代わりに、このバターコーヒーを飲んでいるそうですよ。

「貫田 宗男さん」は、今年70歳の古希

 

しかし、血色が良くはつらつとした姿は、そんなお年に見えませんよね。

 

それはバターコーヒーのおかげでもあるかもしれません。

加えて、何よりも山に対するチャレンジ精神を持ち続けているからではないでしょうか。

 

これからもずっと、「貫田 宗男さん」に登山のことを教えてもらいたいですよね。

 

 

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