「藤沢和雄」は馬第一主義!馬を大切にする、馬に優しく接するがモットー!

馬の瞳
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競馬を知っている人なら、調教師「藤沢 和雄さん」の名前を一度は聞いたことがあるでしょう。

 

1987年に独立してきゅう舎を開業してから、数えきれないほどの名馬を育て上げた人です。

 

いつもにこやかで、周囲にいる人たちを和ませるナイスガイ。

そして69歳という年齢を感じさせない、軽やかなフットワークが素敵な調教師です。

 

そんな「藤沢 和雄さん」のモットーは、「馬第一主義」

 

2022年に定年を迎える「藤沢 和雄さん」を、もっと知りたくなりました。

 

今回は、JRA調教師「藤沢 和雄さん」についてホリサゲます!

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「藤沢 和雄」ってどんな人?

 

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「藤沢 和雄」のプロフィール

名前:藤沢 和雄(ふじさわ かずお)

生年月日:1951年9月22日

出身地:北海道苫小牧市

出身校:北海道産業大学、畜産大学など諸説あり

「藤沢 和雄」はどうしてホースマンをめざしたの?

 

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「藤沢 和雄」が馬と出会ったキッカケ

「藤沢 和雄さん」の父・武雄さんは、林業を営んでいました。

山で伐採した木を馬にひかせて、下ろす仕事に従事していたのです。

 

「藤沢 和雄さん」は定時制の高校に通いながら、兄たちとともに作業を手伝っていました。

その頃から、馬に親しんでいたのですね。

 

大学卒業後、父の友人が営む小さな牧場を手伝っていくうち、馬に関わる仕事に興味を持つようになります。

さらに、雇い主の牧場の責任者・田中 良熊さんは、馬の本場イギリスへ勉強しに行くように熱心に勧めました。

 

その思いを胸にイギリスへ渡り、名門のギャビン・プリチャード・ゴードンきゅう舎へ弟子入り。

きゅう務員として4年間働きました。

 

そこで馬に対する考え方や、馬との接し方などがしっかりと形づけられたのです。

「藤沢 和雄」が帰国してから

父が危険な仕事に従事していたため、“中途半端な仕事はしない”と叩きこまれていた「藤沢 和雄さん」

 

1977年に帰国、美浦・菊池 一雄きゅう舎で調教助手として働き始めてからも、それは変わりませんでした。

 

ところが日本のきゅう舎は、馬に対する考え方がイギリスとはまったく違っていました。

 

とまどいを感じるなかで、闘病中の菊池調教師に代わってきゅう舎の切り盛りを任されます。

わずか1年で、調教師代行に任命されることになったのです。

 

「藤沢 和雄さん」が27歳のときのことでした。

 

そこでは、皐月賞と日本ダービーを勝った二冠馬・カツトップエースの調教にもたずさわっています。

「藤沢 和雄」が独立・開業するまで

菊池調教師の死後、きゅう舎が解散。

 

菊池きゅう舎でとにかくがむしゃらに働く姿は、きっと見られていたのでしょう。

「藤沢 和雄さん」は、野平 祐二調教師に誘われ野平きゅう舎へ移籍します。

 

そこでは皇帝と呼ばれた名馬シンボリルドルフと、主戦騎手・岡部 幸雄さんとの出会いがありました。

 

ここでは、調教師となる準備期間となったようです。

 

「藤沢 和雄さん」には、理想の競走馬を育てるために本当にやりたいことがたくさんありました。

それを実現するには、どうしても調教師になる必要があったのです。

 

学んできたイギリスとは、設備が違う・馬が違う・人の意識の持ち方も違う…。

 

誰もやらないのなら、自分でやるしかない。

 

それが、藤沢きゅう舎開業へのモチベーションとなっていたのでした。

イギリスでの4年間のギャビン・プリチャード・ゴードン厩舎での生活や思いでから始まり、1977年に帰国してからの日本での馬の扱いの落差へのとまどい。1987年に調教師として開業してからの試行錯誤。

引用元:Umas!

「藤沢 和雄」のきゅう舎の特徴は?

「藤沢 和雄」がきゅう舎を開業して、最初に決めたこと

1987年にきゅう舎を開業したとき、「藤沢 和雄さん」はスタッフに言い渡します。

 

「すべてを自分の思ったようにやる」

 

まるで独裁宣言に聞こえますね。

 

“馬をあずかるのは調教師であって、きゅう務員ではない。

責任はすべて自分にある、だからこそ思ったとおりにやりたい”

 

つまり、馬が走らないとか壊れた(けが)とかは、すべて自分が責任を負う。

そのかわり文句は言わずに、やりたいようにやらせてくれ、という意思表示です。

 

そして、5年後に同じようなミーティングを開くと約束。

 

言いたいことがあったらそのときに聞くぞ、ということなのでしょう。

 

しかし開業後5年で関東のリーディングトレーナーとなった「藤沢 和雄さん」に、異論など出るわけがないですよね。

「藤沢 和雄」の調教手法とは

「藤沢 和雄さん」のきゅう舎の調教は、「集団調教」「馬なり調教」が特徴です。

馬の調子に合わせ、負担をかけすぎないことに重点を置いています。

 

馬に対する愛情も、深い人です。

 

ある年のローカル開催で、藤沢きゅう舎の管理する馬がレコードタイムで勝ったことがありました。

3歳のころは重賞を勝つなど活躍した馬でしたが、ノド鳴りの持病がありその後は鳴かず飛ばず。

喘鳴症(ぜんめいしょう、ぜいめいしょう)は、馬の咽頭で発生する病気のひとつである。俗称としノド鳴りとも呼ばれる。

引用元:Wikipedia 喘鳴症

二度の手術を経ての復帰レース。

 

その馬は手術明けとは思えないほど、栗毛の馬体がピカピカに光っていました。

 

それまで掲示板に載ることもできない成績が続いていたのに、このレースは大勝

単なるOPレースでしたが、「藤沢 和雄さん」はまるでG1を勝ったかのように大喜び。

 

いつも穏やかな笑みを絶やさない人ですが、このときはまさに破顔一笑でした。

 

こちらまで、思わず笑顔になってしまったことを覚えています。

 

きっと、慎重に、繊細に、馬に合わせた調教を積んできたのでしょうね。

「藤沢 和雄」についてまとめ

2020年6月、「藤沢 和雄さん」JRA通算1500勝という記録をうち立てました。

 

この記録は、歴代1位の尾形 藤吉元調教師の1670勝に次ぐ2位。

 

まさに”偉業”です。

 

その偉業をたたえ、美浦トレセンに記念碑が建てられました。

6月13日にJRA通算1500勝を達成した藤沢和雄調教師(69)=美浦=の記録を記念して建造された記念碑の除幕式が23日、美浦トレセンで行われ、弟子である北村宏、杉原、木幡育の3騎手を含めた厩舎スタッフをはじめ、手塚師、尾関師などが参加した。

引用元:netkeiba.com

刻まれたことばは、「一勝より一生」

馬を心から愛する「藤沢 和雄さん」に、とてもふさわしいことばだと思います。

 

馬の話をするとき、「お馬さん」と言うのがキュート♡

 

今週はマイルCSに、管理馬であるグランアレグリアが登場します。

注目ですね(´艸`*)

 







 

 

 

 

 

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